カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9
ドストエフスキー
新潮社 刊
発売日 1978-07
悪魔の倫理学 2007-09-02
とても密度の濃い小説だった。
低俗にして下劣、俗悪にして好色。
およそ尊敬に値せぬ俗物の父親フョードルの血を受け継ぐカラマーゾフの三兄弟の愛憎劇を軸に二千ページにもおよぶこの物語は展開する。
作中もっとも感銘を受けたのは有名な「大審問官で」はなくその序説「反逆」だった。
イワンは現実にロシアで起きた酸鼻な幼児虐待やトルコ人の暴虐を例に挙げ、
「神の救済を前提にすべての罪が正当化されるとしても何故子供たちまでもが理不尽な責め苦に遭わねばならないのか自分にはどうしても納得できない」
と力説する。
迫害者と被迫害者が神の再臨にともなう永遠の調和の中で和解に至り歓喜の涙を流し抱擁する
世界などとても認められないと語るイワンの弁説は、幼児虐待を代表とするあまりに人権と生命を軽んじた事件が頻発する現代日本でも十分通じるものだ。
ピストルを掴もうとして笑いながら小さな手を伸ばした途端頭を撃ち砕かれた赤ん坊、
母親の目の前で全裸に剥かれ猟犬によってたかって噛み裂かれた八歳の男の子、
夜中にトイレを知らせなかったというただそれだけの理由で実の母親によって排泄物をむりやり食べさせられ顔に塗りたくられ寒波に襲われた便所に一晩中閉じ込められた五歳の女の子。
「もし子供たちの苦しみが、真理を買うのに必要な苦痛の総額の足し前にされたのだと
したら、俺はあらかじめ断っておくけれど、どんな真理だってそんなべらぼうな値段はしないよ」
理不尽に痛めつけられた子供の涙を世界全体の救済と引き換えにするイワンの思想は、疑義など差し挟む余地もなく賛美されるべきと信じられてきた「永続的に人類を許しはしても即時的に個人を救いはしない」偉大すぎる神への反逆であり、徹底的に卑小で非力であるが故に救済に値せぬ人間の矛盾に満ちた真実の側面であり、革命ののろしでもある。
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